何気なきわが一言に傷つきし

生徒の顔が風呂の湯に浮く



生徒らと楽しき授業の帰るさは

今倒れてもよき心地する


 


《思い出ぽろぽろ篇》
 

父の骨真白く太く美しきを

拾いし日なりわが新生の日は


珍しきスーツ姿で病廊に

初子待つ夫夕闇の中


乳吐いて日々しぼみゆく吾が初子

小児病棟深夜抱き締む


背に負いし吾子の体温かみしめつ

一足一足母になりゆく


まだ泣くな羊水飲むぞと医師の声

帝王切開次郎産まれる


保育所の門まで追うて駆け来たる

吾子の泣き顔ひと日離れず


高熱の子を病院に置き鬼のごと

仕事に出たる愚かな日あり


入院の吾子窓際にパンを置き

祖母と一日鳩待っている


仕事から戻りし我のただいまに

両手をあげて走り来る子ら


小さき手を引きて医院への道すがら

夜の梢に浮かぶ顔あり


業深き母の心を知らぬげに

楽しき昼間を告げる子ら


汝らはわがコルネリアの珠なれど

光らずともよしただの石でよし












疲れいて子らに荒ぶる声をあげ

なんの仕事ぞなんの自立ぞ

 
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《五十坂篇》

確執に干乾びいたるわが心に

友の説教温かく沁む


五十坂越えて華やぐ七天の

皆の耳にもジャン聞こゆるか


競輪場すり鉢の壁駆け抜ける

選手幼く前ひたと見る


父母と睦みし日ありやタリバーンの

         少年兵ら処刑さるという


深夜ひとりワルシャワ労働歌口ずさみし

亡き懐かしき師に再た遭いぬ
                                       (安東次男句集を読む) 

亡き父のつらき仕打ちを語る母

身世打令の夜重く過ぐ


生きる意味のふとゆらめいて思い馳せる

ボスホラス海峡ロカ岬 

 

<2001.12.9 中村哲医師講演を聴く>

旱魃のアフガンの地に井戸を掘る

不屈の人はひっそりと立つ 

蝶追うて山に入りたるドクターの

十七年の日々の重さよ

ただ生きてこの冬越せと願いつつ

国駆け巡る阿修羅よ君は

弱き人見捨てておけぬ君の血に

         静かに息づく花と龍なり

 

 

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<2004年春 モロッコにて>

暁闇を裂いてアザーン湧きおこり白き街越え海に漂う 

(カサブランカ)

盲いたる老婆スークの辻に立ちただひそやかに右掌差し出す 

(フェズ)

染料の壷に皮踏む職人の足さふらんの色に染まりて 

(同上)

風蝕の奇岩林立墓のごとアトラス山塊大地のたうつ 

(アトラス越え)

金色の朝日にうねる砂の海素足に沁みる夜気の冷たさ 

(メルズーガ)

ベルベルの歌と踊りに夜は更け砂漠の宿に天の川降る 

(同上)

行き行けばカスバ街道花盛り白きアーモンド土の家々 

(ワルザザード)

柔らかき優美なる手に驚きぬみな美丈夫のムスリムたちよ 

(マラケシュ)

憧れのジャマ・エル・フナの広場なり暮れゆく雑踏息詰めて見つ 

(マラケシュ)

香田証生さんの死を悼む

星条旗の上で惨死の若者に
怨嗟起こらず貧しき国よ

若者を軽率とのみ言う人に
返す言葉の無力なるわれ

ふた親の願いこもれる良き名むなし
黙して帰る父母のもと

万感の思いを胸に両親の
ただ謝辞述べられる悔しさよ
合掌


酔桃歌集
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